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アライヤスのわがままないとこ

おしゃべりと自分が大好きで今は偉い大学教授になっているアライヤスが仕事で大阪に来た。イスラム教徒なのに酒を飲む彼と飲みに行き旧交を温めた後、一日空いているというので京都や奈良や温泉(彼は日本のonsenに非常に興味があるのだが素っ裸になる勇気がない)などいくつかのコースを作ってあげて、どれがいい?と選んでもらい定番だけど嵯峨野を歩くことになった。

そもそも留学生や外国人観光客を案内するのが好きでたくさん経験もあるし毎回喜んでもらって外したことはほぼ皆無(京都の神社仏閣をあちこちめぐった後「どこがよかった?」と聞いたら「駅ビル」と言われてずっこけたビッキーの例もあるけど)なのだが、今回は参ってしまった。

アライヤスはいいのです。問題は観光についてきた21歳のいとこである。彼はアライヤスとは別の中東の国に住んでいるのだが、まず日本食全部だめで日本に来てもマクドナルドでばかり食事している。かろうじてごはんにたっぷり塩をかけたものと、炭に近いぐらい焼いた焼肉が食べられるのみ。そして人々がフレンドリーで神経質じゃない文化圏にいるからなのか、電車の中で子供がいたら頭をなでる、かわいい女の子は全てもれなくじろじろと上から下まで至近距離で眺め回す、声をかける(日本語はもちろん英語もほとんどできないのだが)「そういうことしないで」というと、「なんで?みんな僕のこと大好きだよ」と言う。いや、変な人だから関わらないようにしようとしてるやろが。そして「なんか母親のようにうるさいね」と私のことを言うのだった。

うるさかろうが禁煙の場所で煙草を吸おうとするのには「やめろ」と言わざるを得ない。無視して吸いそうになってるので「逮捕されるよ!」ときつく言うとしぶしぶ火をつけるのをやめて煙草を耳にはさんだ。そして私に誰か女の子紹介して、という。若い友達いないの?とか。車が好きで、その辺に停めてあるかっこいい車があると勝手にバンパーに腰掛けて写真を撮ったり運転手がいるとボディーランゲージで運転席に座らせてもらって、それはいいのだが轟音でエンジンをふかす。やめろと言ってもきかない。なんで私が今日初めて会った人の行動を行く先々で謝り倒さにゃいかんのだ。アライヤスが若い従弟が来るかもと言ってたので嵯峨野はちょっと退屈かもしらんと思ってその後映画村に行く計画だったのだが、結局この若者が「つまんない、帰る」というので嵯峨野だけで難波のホテルまでお送りすることになったのだった。

アライヤスは親族の中でも成功しているので凄い数の身内の面倒を見る立場にあるらしく、このわがままないとこにも親切に心を配ってやり、夕飯はホテルのフロントで彼でも食べられるトルコ料理のレストランを調べてもらって連れて行ったりしていた。いやはや、散々な散策だった。嵯峨野でもこれから一番きれいなところへ行こうとした時に「疲れた、つまらん、帰る」とか言い出すのでアライヤスに見せたかった竹林は見ず仕舞いになった。

「今度は休暇を取って一人でおいで」というと「そうする。E(いとこ)のこと、ごめんね」とアライヤスが恐縮していた。「まあ若いから仕方ないよね」と言ったものの、いくらなんでもあれはrudeだよなあ。しかしそれはともかく、アライヤスとは飲みに行ってゆっくり話せたし彼も相変わらずおしゃべりだけどぐっと落ち着いていて、そしてこの身内の面倒を見るという文化もよしあしなんだろうけど、頼りがいのある親切なおじさんなのだった。アライヤスは日本の居酒屋に連れて行ってもなんでもおいしいおいしいと全部食べるし(豚はこっちが気遣って注文しなかったけど)連休で人だらけの嵯峨野の一部をちょっと歩いただけでも綺麗だ綺麗だと喜んでくれた。アライヤスとはむしろ昔よりいっぱい話せた気がする。私の英語力があの頃よりも向上しているので文字通り「いっぱい」話したのである。いつもはSNSとかをウザいとかどうとか言っているけれど、旧友とつながっていられるというのも(つながっていたい人に限り)有難いものだと思えた。

観光が早く終わったのでその後遅れる予定の別の飲み会にはほぼ時間通りにいけた。こちらはむしろ義理半分で顔を出すつもりだったのだが予想以上に楽しく盛り上がり、日付が変わってからの帰宅になった。

連休前半終了。疲れました。
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by warabimochi57 | 2013-04-29 21:04 | Comments(0)

いるかの耳はどこにある

阪大はぽかぽか陽気で早や新緑の装いだった。

一体私は死ぬまで学生をやっているつもりなのだろうか。杉本先生は入ってくるとぐるっと受講生を見回し、私に目を留めて「久しぶり、全然変わってへんね」と声をかけていただいた。いや先生、変わってますて。あの頃は老眼なんてなかったし。ゼミの受講は実に8年ぶりになる。当時机を並べていた友人達はとっくに研究者になったりそれぞれの志に向かって進んでいるのだが、なぜか私はテープを巻き戻したように戻ってきてまたアホな学生をやり直しているのだった。

今年度で退官される先生の最後のゼミはこの分野の古典というべき"Women, fire, and dangerous things" (Lakoff 1987)というもので今日は序章を先生の解説でちょっと読んだ。概説というか認知言語学はどんなことをやるのかというような話だが、この一目見ただけで分厚くて投げ出したくなる教科書が杉本先生にかかると魔法のように面白くなるのが昔のままで、本当に私はタイムマシンにのってきた気がしてならなかった。イルカの耳のはどこにあるかは知らないという話も出たのだが、認知言語学とは人間には人間ならではの世界の捉え方があり、イルカにはイルカのコウモリにはコウモリ独自の世界観がある、その人間ならではの世界観に基づいて言語を見ていこうという感じ。

本格的にやり直せればいいのだけれど、お金もない今の私には科目履修生が精一杯のところである。続けて博士の演習にも出ると、こちらはしっかり認知をやっている人ばっかりだったのでちょっとついていくためには認知言語学の基本的な文献を読まないといけない。ともあれ、二度とはない機会、若い人の、前回外大に行った時は一回り下だったのが二回りも下になっているのだが、足を引っ張らないようにぼちぼち、なんとか楽しくやっていきたいと思う。
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by warabimochi57 | 2013-04-10 19:29 | Comments(2)

謹製 さつき


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