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咲きも乱れず清く立つ

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山の菁莪(しゃが)咲きも乱れず清く立つ
牛若と云ふ少年のごと

与謝野晶子


鞍馬の話題をもう一つ。鞍馬山霊宝殿という小さな博物館の2階には与謝野記念室というのがあって与謝野寛、晶子夫妻にゆかりの品々が収められている。上の写真は実家に近い滋賀の山の中で今年の夏に名前もわからずに撮ったのだが、これが晶子が歌っているシャガだった。

牛若丸はこの花のようにりりしい少年だったのだろうか。しかし同じ博物館の弁慶についての展示を見ると「日本人にとって弁慶抜きの義経はわさび抜きの寿司のようなものである。」といきなり書いてあって、りりしい少年の牛若もサビ抜きの寿司呼ばわりされているのだった。

私は博物館の受付で牛若丸の手ぬぐいを買った。確か京の五条の橋の上で牛若丸が弁慶をやっつけたはずなのだが、私の脳内牛若丸はその後お椀の舟にのって鬼退治して打ち出の小槌を持ってお姫様と結婚してしまう。どこでこんがらがったのかサビ抜きの寿司どころではない。手ぬぐいも買ったことだしせっかくなのでその辺の古典や歴史書などを読み直そう。

京都にいるとめったに京都を歩かない。友人達が訪ねてくれるのはいつもいい機会になるのだが、一人でももっとこういう時間を作りたいと思う。
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by warabimochi57 | 2012-10-08 23:03 | Comments(0)

木太刀もて岩を斬りたる遮那王の

木太刀もて岩を斬りたる遮那王の
やと云う声に似る歌無きか

与謝野寛

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札幌から二十年来の、もうすぐ三十年になるが、友人達が来て鞍馬山を歩いてきた。叡山電鉄を終点で降りて、大きな鞍馬天狗の面の前を通り仁王門をくぐって鞍馬寺に参詣する。

運動不足の体には応えるけれど、九十九(つづら)折を少しずつ歩いては小さな神社や地蔵にお参りし、義経の供養塔をふーんと眺め、ちょいちょい休憩しながら上るのは楽しい。季節もちょうどよくて連休の中日でもあり、山道は善男善女で賑わっていた。

参詣コースの中ほどにある転法輪堂には高さ一丈六尺(5メートルぐらいか)という阿弥陀如来が鎮座している。美しいぴかぴかの阿弥陀さんを拝んでいたら、正面に陣取っていた参拝客の一団が、六、七人のグループだったろうか、般若心経を唱和し始めた。

行きがかり上、御堂に正座して合掌しつつお経を聞きふと阿弥陀如来の尊顔を見上げたら、そのまなざしがつい先日急逝した友人の目元にそっくりに見えてきた。同行している友人達とはご縁の無い方なのでそんな話はしていなかったのだけど、知らない人がお経を唱えているのを聞いているうちに急に涙があふれてきて、同行の友人達は驚いたことと思う。「こないだ亡くした友達を思い出して」と泣き笑いする。

お参りした後外に出て、また山道を歩いていたらしかし、その友人を亡くしてから初めて爽やかな風というものを感じた。風が吹いても爽やかだとも涼しいとも思わずに、ただ何を感じてよいのかわからないような喪失感の中にいた自分の心が事態を受け入れる態勢に入ったのかと、阿弥陀如来が導いてくれたのだろうかとふだん信心もしていないくせに思う。

かけがえのない人を失くしてもなおかけがえのない人々と居る。牛若丸や弁慶の旧跡を偲び、与謝野寛、晶子の歌碑を見て貴船神社の近くで鮎茶漬けを食べた。阿弥陀さんのまなざしを思い出すとまた涙が出てしまうけれど、そのうち彼の岸に渡る順番も来るだろう。それまでは淡々と自分のやるべきことをやれと叱咤する友人の声が聞こえる。やるべきことをやりたいと思う。
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by warabimochi57 | 2012-10-08 00:49 | Comments(0)

謹製 さつき


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