<   2009年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

再読

千葉敦子「乳がんなんかに敗けられない」の初版が出たのは1981年だからもう30年近い昔になる。これを読み返す機会があった、というのは町の乳がん検診でひっかかって精密検査を受けに行った病院の図書室にちょうど置いてあったのである。

ちなみに精密検査は無事に異常なしで終了した。乳腺外科の先生はたぬき顔のおっさんだったが、ちゃっちゃと検査を片付けてくれたので、そして大きな病院なのでその日のうちに結果がわかったのである。

しかしその結果が出るまでは今度は乳がんかもしれないという状況だった。で、この本は勿論、千葉敦子の闘病記で、当時としては画期的なことに手術前のおっぱいの写真があったり、あるいは男友達がどんな反応をしたかなども含めて、乳がんの発覚から手術、入退院、仕事はどうしたのかなど一連の出来事の詳細なレポートになっている。

私がこれを読んだのは20年ぐらい前、大学生のころだった。そして、やはりまだ当時としてもめちゃめちゃに画期的な記録だった。インフォームドコンセントなどという考えは普及していなかったし、がんは本人にも隠されることが多く今よりもはるかに死にいたる病という印象が強かった。

これが書かれた当時がんにかかっても冷静に、明るく強く生きられるのだというメッセージは大きな衝撃をもって迎えられたと思う。私も「とても自分はこんなに強くは生きられないだろう」と思った。

しかし20年を経てみると、今や明るく元気な闘病記といったものは、ネットでも本でもテレビでも決して珍しいものではない。治療法も進み病気に対する知識は増え考え方はオープンになり、そしてネットのように体験を共有し追体験できる媒体ができた。

そういう現在の目でこの本を読むと、はっきりいってどうということもないのである。今日の目で見ればあたりまえのことを書いているにすぎないのだけれども、それを30年前に書いたというのは実に凄いことで、そういう先駆的な働きかけがなければ私たちが今のような「開放的な考え方」にいたることもなかったかもしれない。

まあたいがい先駆者というのはそういうもんだろうが、ともあれ私はいつの間にか時代のほうが文字通りジャーナリスト生命をかけて書かれた千葉敦子の著作よりも先を行っているということに深い感慨を覚える。いつのまに追い抜いたのか。

一方で自分の考え方も大学生のころと今とでは激変している。昔「かくありたい」といくらかの憧れをもって読んだ本が今も「かくありたい」わけではない。かくありたい訳ではないけれども今も敬意を抱く。そういう意味ではまた何度かこの本を読み返すことがあるだろう。特に、今回は異常なしだったけれどもいつか将来異常が出てきたときなどに必ずこの人の考え方には教えられるところがあると思う。

自分の荷物の中でこの本がどっか行っちゃって行方不明であるというのはこの際あまり関係がないことであろう。
[PR]
by warabimochi57 | 2009-07-15 20:07 | Comments(2)

田舎の光景

先日ここでご紹介した迷彩ガエルであるが、その後だいたい3匹が毎日、こんな感じで日向ぼっこをしていた。

a0058784_20113797.jpg


今日になって姿が見えないのでかえるさんがおらんなぁと思っていたのだが、さらにその後通りかかったところ、この前栽の庭木にヘビが一匹からみついておりました。

迷彩かえるの運命やいかに!1.ヘビに食われた 2.危険を察知して逃げた
さてどっち?

それはともかく、貧血などでお世話になっている町のクリニックは大概ばあさんたちで混んでいる。昨日も待合室で雑誌など読んでいると入ってきたばあさんは、まず受付のところでいつもお世話になっている御礼をくどくどと繰り返したあと、次に待合室で待っている先客たちに向かって深々と頭を下げて

「みなさん、ようお越しやす」

と挨拶をした。ようお越しと言われても、別に好きで来ているわけではないのだが、みんなちょっと会釈を返し、その中で一人のおばさんが知り合いだったらしくておばさん×おばさんの会話が始まった。

話が始まって10分後ぐらいに、片方のおばさんが「あれ!○○さんですか」と大きな声をあげた。それまで誰だかわからないまま10分ぐらいしゃべっていたらしい。

30年ぐらい前、親に連れられて診療所(今の先生の親がやっていた)に来ていたころと田舎の光景は基本的に変わっていない。
[PR]
by warabimochi57 | 2009-07-11 21:50 | Comments(2)

サラダパンブーム到来か?

朝日新聞のこの記事に出てくるつるやのサラダパン。

a0058784_1774630.jpg


子供の時から、いや母の子供の時からおなじみのつるやのパンであるが、地元なのでネットで6週間待たなくてもその辺のスーパーで売っているので、思わず買ってきてしまった。ジュースは母が作ったすももジュース。すもも1キロに氷砂糖800g、酢20ccを4時間炊飯ジャーで保温して作ったそうです。

たくわんをマヨネーズであえたパンの具は、いってみれば大学食堂とかで30円ぐらいで売っているコールスローのキャベツをたくわんにした感じ。余分なものは何もついていなくて、あっさりしていてお腹にももつので飲み物と合わせておやつにいいです。いいんですが、

たくわんを刻んでマヨネーズであえただけのものをサラダと呼んでいいんだろうかと少しためらいは残る。残るものの、古稀を過ぎた母が子供の頃に作られたということを考えてみると、マヨネーズとマーガリンがついているというだけでもずいぶんハイカラなサラダだったのではないか、当時ってば戦後の食べ物のないころだったんだろうしと想像する。生まれてないからわからないけど。それでも私は40年近く前、これが10円ぐらいで売られていたのは覚えているのだ。わからないもので、物心つくかつかないかの頃、初めて10円玉をにぎりしめて買い物したパンがネットでブームになる。

きまぐれな一時のブームはそのうち去るかも知れないけれどサラダパンはまだまだいける。40年ぶりに昔世話になったじいさんが健在でテレビに出ていたらこんな感じがするのだろうか。
[PR]
by warabimochi57 | 2009-07-08 17:42 | Comments(3)

余得

子供に絵本を読んでやった時、「おしまい」と閉じると急いで部屋の隅なんかに積んである別のを掘り出してきて「もっと」といわんばかりにいそいそと持ってくる。姪はちょうどこの時期でこのいそいそ攻撃をかけられるとたとえさっきから10回読んだ本でもまた読んでしまう。

大人でもいそいそしてたりほくほくしている人を見るとついこっちまでほくほくしてしまう。

ところで私は今日非常にほくほくしていたのだが、それは親のところにお中元でおかきが届いたから。この青海苔の香り。オーストラリアには決してなかったほのかな塩味にぱりっとした歯ごたえ。ああ生まれてきてよかった。おかきと玄米茶とあと足りないものといえば水ようかんぐらいか。

なお、これを読んだ人にお中元に水ようかんをよこせとかそういうことは言っていない。(付記しておくと、私は自分自身は一生誰ともお中元やお歳暮をやりとりするつもりはない。くれる人がいたらもらうかも知れないが返す気はない。)

しかしどんなに私がほくほくしておかきに突進して幸せにひたっているとしても、やっぱ子供の「次はこの絵本をよんでもらおう」と思ういそいそとか「フルーチェ買うたろか?」と言われたときのほくほくとかそういうののように見ている他人を幸せにしたりはしないのだろうなあ。
[PR]
by warabimochi57 | 2009-07-03 21:28 | Comments(0)

謹製 さつき


by warabimochi57
プロフィールを見る
画像一覧