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不調の原因

なんか今日は全然だめだなーと言いながらシミーがこっちの様子を探りにきた。「今日はだいぶ捗った?」「いや全然」

ということで二人して調子が出ない理由を考える。「きっとプロフェッサー(ピーター)がフィールドワーク行っちゃったからだよ」「そうだ、それでちょっと私らはリラックスしてるだけだね」

ピーターの明晰な頭脳を研究に使う時間を割いてこんなできの悪い生徒の面倒を見てもらっているのに自分らがさぼってるのをピーターのせいにしちゃいかんよなあ。いや、シミーは出来が悪いわけではないけど。

さぼる口実は1日100個ぐらい考え付くのに論文のネタは100日に1個ぐらいしか考えつかないのはなぜ?
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by warabimochi57 | 2007-11-29 16:45 | Comments(0)

閉店間際の手巻き寿司

2本買ったら1本おまけ、という手巻き寿司を慎重に、2本で5ドル以内になるように選んで、おまけ用には少し高いのを選んだ。

「5ドル30セントです」
「え?私はこれとこれを買ったんだよ、こっちはおまけでしょ」
「いえ、高いほうから2つになりますので」
「じゃあこの高いおまけ、いりません。こっちの安いのにしてください」

たかだか30セントのことでもう包んでいるものをやり直してもらわなくてもという気もしないでもなかったけど、なんか話が違うような気がして。

それと今日はまだ4回分ぐらい残っている昼間専用のバスの割引チケットをなくした。これは3ドル弱の損害。

高い学費を払って今日もさぼってネットサーフィンしてしまったというのが一番大きい損害なんだけど。そうだ、勉強もバスみたいにチケット作ろうかな。一日サボったら三千円の損とか目に見えるようにすればもうちょっとちゃんとやるかも。はー、この危機感のない学生(私)、まだ救いようがどっかにあるんだろうか。。。
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by warabimochi57 | 2007-11-28 18:52 | Comments(0)

トニーの話

昨日の約束のトニーのお話です。

私が通っているコミュニティセンターの英会話コースの主な客層は韓国人のお母さんである。子供を1年とか2年とかオーストラリアの学校で勉強させるために、夫は韓国で働いて子と妻がオーストラリアに短期留学とその付き添いというケースが多い。

トニーの場合は、公務員の妻が韓国で働いて、夫が子供の面倒を見ているというもの。それで一人娘が1年間の留学を終えて、トニーも国に帰る日が近づいてきた。今度の金曜日が彼の英会話クラスの最後の日になる。

トニーは年はわからないのだけれど、私なんかと同世代ぽい。英語はそこそこできるのだが、韓国訛り爆発なので、コミュニケーション能力はかなり低い。私も自分のことは棚に上げて「もっと発音に気をつけたほうがいいよ」などと何度か言ったほどである。

私は、どこの訛りにしても、激しく訛っている人を見ると共感を覚えるのだが、コミュニケーションが難しいのは別問題で、始めのうちはトニーとの会話がけっこう苦痛だった。ところが彼はまじめな人で、英語の言い回しやらなんやら、総合的な英語力の増強にも努力を惜しまない一方で、発音も凄い訛りながらも明らかに努力して、だんだんましになってきたのである。

1年経ってみると、明らかに韓国訛りは残るものの、何が言いたいのかはっきりわかる、コミュニケーションができるところまで上達している。もう固まっちゃっているとしか思えなかったむちゃくちゃな発音がここまで変わりうるのだという実例を目の当たりにすると、ふだんの半ばあきらめ気味の、投げやりな発音練習が恥ずかしくならざるを得ない。

私はいつか将来韓国へ遊びに行くときのために韓国人の友達が欲しいという下心があったのだけど、気がついたらそんな下心とは一切無関係に尊敬できる友人ができていた。

ただただこつこつやっているだけで、成果らしいものは何もない、と本人が思っているときでも、傍から見ればくっきりと成長の跡があり、そして周りはその誠実な努力に励まされ力づけられている、ということがある。

そもそもこつこつやっていない人はほんとに成果もないんですけどね。明日はトニーにあげるカードを買いにいこう。
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by warabimochi57 | 2007-11-27 16:28 | Comments(0)

アデレードを去ったら

ピーターに本を借りている人は年内に全部返すようにとお触れが回ってきたので、何はともあれいったん全部返したら私の研究室の本棚は半分になってしまった。

私にとって面白いのは本よりも1970年代にトクピシンで書かれた手紙とかで、それはものすごくレアな、貴重な資料なんだけど、たぶん今後も全部に目を通している時間はきっとない、かもしれない。

大体がほとんどお蔵入りしてしまっている資料で、ピーターもなんだか懐かしそうにざっと確かめて「こんな古い手紙なんか貸しても君は読んでないだろう」と言った。

いやあの、もし来年時間があったら読みます。

そんな片付けめいたこともして年の瀬が近づくとなんだか感傷的になる。シミーと時々、アデレードを去ったら私たちは何を思い出すだろうと話すのだけど、

研究室、セントラルマーケット、食堂街、キッチン(ここでいつもコーヒーを淹れる)それから私はきっと英会話教室かな。英会話教室で知り合った韓国人の主夫のトニーについて書こうと思ったのだけど今日はバスの時間なのでまた明日。スーパーで5ドルで売っていたサンタの帽子に少し心がひかれている。
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by warabimochi57 | 2007-11-26 19:02 | Comments(0)

yu bilas bilas!

標題はトクピシンで「何おしゃれしてるの!」みたいな感じ。

昨晩は夜の9時前ぐらいに家に着くバスで帰ると、同居している姉妹はおしゃれの真っ最中だった。二十代半ばだから、二人とも綺麗な盛りで、セクシーなドレスを着ると本当に綺麗になる。

パプアニューギニア人は通常黒人なんだけど、その中でも彼女らの出身地は肌の色が濃い、全然茶色っぽくなくて真っ黒なことで有名なところで、その濃い肌の色が赤とか青とかのはっきりした派手な色とよく似合って、すらっとした足がかっこいい。

姉娘は鏡の前でヒールをどれにするか何度も履き比べて、おしゃれも完了すると、妹と、それから6歳の姪と3人で一列に並んで、鏡の前でCDに合わせて踊り始めた。

見惚れてしまいましたよ。私が同じことやったら絶対腹の肉をゆすっているだけにしか見えないと思うんだけど、激しい音楽に合わせて小さく体を揺らすだけで、めちゃくちゃかっこいい。「このCD持ってって少し踊るといいね」ということで、おしゃれした姉妹と、さらにその姉と姉の子供とはパーティーに繰り出していきました。私は、そのおしゃれを眺めている間、一番上のもう結婚している姉さんと二人で少しウオッカを飲み、それから選挙の結果をテレビで見て寝ました。

オーストラリアは政権交代。ちょっと話題についていくためにニュースで語彙を仕入れとかなあかんな。
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by warabimochi57 | 2007-11-25 10:01 | Comments(0)

うざいSNS

よく言われるんですが、SNS嫌いでしょって、はい、嫌いです。でも使いようによっては面白そうな話も聞きますし否定はしません。

否定しないどころか入ってます、3つ。いずれも誘ってくれた人の日記を読んだり、写真を見せてもらうのが目的で、私が積極的に情報発信をしていこうというつもりはないんですが、

しかーし!最近のhi5はなんだ、はんぱじゃなくうざいぞ。ゆっとくけど私は友達が100人もいる奴は嫌いだ。

それから友達の友達は友達じゃない。赤の他人です。

ということで、突然知らない人からフレンドリクエストが大量に届くようになり、メールでいちいちお知らせが来るので、まずはフレンドリクエストは全部拒否した上で、メールで知らせるという設定(デフォルトでそうなっていた)を解除しました。

もしかしたら本当の友達からのフレンドリクエストも拒否しちゃってるかもしれませんが、それで壊れる程度の友情だったらそんなもんだということでよろしく。
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by warabimochi57 | 2007-11-24 12:17 | Comments(1)

締め出された

(追記)↓「網戸」は英語で「スクリーンドア」です。念のため

シャドードアと呼ばれる網戸の鍵を私は持っていなくて、そこの鍵はかけないようにして家に出入りしていたのだけれど、姉妹の一人が私がそれをもっていないことを知らずに鍵を掛けてしまい、家から締め出された。夜の10時、週末で姉妹は二人とも家から遠いところにいて家に入れないのでシミーに泣きついて泊めてもらうことにする。

ということで、夜10時半過ぎ、シミーはまだ学校にいたので私も学校までもどって久々に夜遅くネットにアクセスする。

今日の収穫を一つ。シミーと私は今晩ディナーにでかけたのだが、そのインド料理が大ヒットだった。二人とも舞い上がるほどおいしくて、値段も高くない。

ということで、万一アデレードでインド料理を食べる機会があるかもしれない方、そのおいしい店はPulteney Street 314BのSWAADというところです。

アデレードおよびオーストラリア、PNG、ニュージーランドぐらいまで在住の皆様、今度是非ご一緒いたしましょう。おいしかったから締め出されたショックよりまだおいしかった幸せの方が大きくて今夜はハッピーなのだ。では、シミーさまのところに泊めていただいてきます。おやすみなさい。
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by warabimochi57 | 2007-11-23 21:10 | Comments(0)

データを分析する

昨日に引き続いて、勉強してるっぽい装いをしながら内実が伴っていない現況の報告。

看板やら広告、新聞のマンガ、AIDS防止のパンフレットなんかを題材に分析するのは楽しいだろうなあと思っていたのだけれど、始めてみたらすぐにわかった。

むちゃくちゃめんどくさい。データがあればあるほどますますめんどくさい。

しかも、まだ分析までいってなくてデータを並べているだけなんだけど、並べるだけでも大変で、これで分析にして何も出てこなかったらどうするんだろうと思うとかなり冷や汗が出る。

何も出てこないわけはない、だけのデータはあるんだけど。一番の問題は勿論頭が足りないことだけど、もう一つ、時間が足りないという問題もある。頭が足りないから時間が足りなくなるのだよな。

データをして語らしめるのが研究者の力量である、とこれは前にも書いたけど、歴史比較言語学の集中講義で聞いた、京大の吉田和彦先生のことばです。まずあれだな、研究者の力量というのは、めちゃくちゃめんどくさいことに耐える、その力量が最初に問われるのだな。

いや先生はもっと深い話をされてたんだと思うけど、深い話を理解するにはまず浅いとこから徐々にもぐっていかにゃならん訳で、もぐる前から海が見えてきただけで帰ろうかなとか言ってちゃいかんのだよな。。。
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by warabimochi57 | 2007-11-23 16:48 | Comments(2)

4章2節1項

修士論文のカウントダウンからそろそろ逃げられなくなって、おもむろに書き始めました。「4章2節1項」トクピシンの複数標示について。

4章といっても、勿論4章1節までは影も形もなくて、昔に作った適当な目次を見たらだいたいこの辺になりそうだから適当に始めてみた。

「現代トクピシンの複数性の標示方法は、この言語の英語化の一つの指標とみなされうる。ローマイン1992はこの状況を『二つのシステムの競合』と呼んでいる。」

なんかそれっぽいでしょう?出だしはそれっぽいんですが、だんだん馬脚があらわれてくるんですが、見切り発車でデータを分析しながら、本を読みながら、書けることをどんどん書いていって結論はどうなるかわからないという状況なのでしばしばむちゃくちゃなのも止むを得ないのだ。後で直すのだ。

素晴らしい独創的な論文が書けるなんざ誰も期待しちゃいないんで、「ちゃんと先行研究を踏まえて」「せっかく集めてきたデータを生かして」「それなりに読むに耐える」ものが書ければ万歳なんだけど、それでもまだハードル高いな。

しかしまずはこないだレポートのために英訳したマンガとか、飛行機の中で写真を撮った「ライフジャケットを盗むなよ」という警告とか、そういうのを題材にぼちぼち書けることを書いていこうと思います。このネタについては1節ぐらいは書けるはず、でもこのネタが全体の論文の中でどう位置付けられるのかとか構想は何も立ってないんだけど、後で考えよう。。。
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by warabimochi57 | 2007-11-22 18:31 | Comments(0)

波長が合うという幻想

下のコメント欄で「波長が合うという思い自体が幻想ではないか」というtakaさんのコメントについて長くなりそうなので新たに記事を追加します。

波長が合うという言い方はそもそもメタファーなわけで、ここでは何を持って「波長が合うと思う」のかをまず決めましょう。

1.その相手との会話が楽しい。余計な気遣いや疲れがない。
2.相手もそう思っているという確信がある。

こんなんでどうですか?で、1.については自分の感覚だからいいとして「合う」という以上は2.の相手の思惑も問題になってくるわけで、その点、こっちの一方的な好き嫌いだけではなくて「波長が合う」という言い方自体が相手の気持ちまで勝手に忖度しているわけですね。

忖度はしているものの、「確信がある」と私が言うのは、これは「波長が合うと思う」という結局は私の思いについての表明なので、相手が本当はどうなのかは最終的には関係ないと思うからです。

波長が合うとこっちは思っているけど実は相手は自分のことが嫌いだったとか、そういうのは現実にいくらでもあることで、それは単なる勘違い、もしくは思い込み。

その場合は特定の誰かと波長が合うという思いは幻想だったことになるけど、だからといって波長が合うことそのものが幻想だということにはならないんじゃないかと思います。

私は、自分にとって都合のいい相手はいると思います。そして自分もたまたま相手に都合よくて双方ハッピーで波長が合うと表現できる場合もあると思います。ただしそれは「こっちの思惑通りの相手がいる」という意味ではなくて、相手が心の中で何を考えていようが実は自分のことを大嫌いだろうが本当のところは問題にしないということです。だから幻想というよりはむしろ希望的観測をもとに波長が合うという思いは成立しているんじゃないかなあ。

私は年を重ねるごとに人間嫌いになってきていて、誰に嫌われようともどうでもいい心境がどんどん大きくなってくるのですが、それでもどこかにはやはり「自分が好きな相手には好かれたい」思いも残っています。人間の業なんでしょうかね。これも都合のいい相手を求めているのかもしれません。
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by warabimochi57 | 2007-11-21 12:59 | Comments(3)

謹製 さつき


by warabimochi57
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