人間の定義を云うと外に何にもない

『人間の定義を云うと外に何にもない。只いらざる事を捏造して自ら苦しんでいる者だと云えば、それで充分だ。』
夏目漱石『吾輩は猫である』 新潮文庫353ページ


前にも書いたと思うが、この一節を読むとまあ、漱石の時代からそうだったんだから仕方ないよなあとも思い、全くだ、人間なんてどいつもこいつもバカばっかりだとも思い、それが定義だったら仕方ないよなあ定義なんだからとも思い、なんとなく半分あきらめつつ半分まあええかというような気にもなる。こんなんを80年も90年も飽きずに繰り返すとは全く定義どおり人間なのであろう。

扁桃腺を腫らせて数日寝ていた。扁桃腺が腫れるのは子どもかと思っていたのだが、実に50近くなっても腫れるのである。それでここ数日がなかったのと同じになってしまった。シンポジウムを聞きに行こうとか発表の資料を作ろうとか皮算用していた部分が全部なかったのである。必修の演習も休んだ。そのかわり喉が痛いとか熱が出るとか頭が痛いとかいらんことばっかりあった。皮算用はしばしば外れる。しかし皮算用が全部実際にそのとおりになるものなら、人生は皮算用だけをしていればよいのであって実際に何かをする必要がなくなってしまう。とはいえ「何かをする必要」なんてそもそもあるのかといえば、それこそが只いらざる事なのかも知れない。

といらざる事をしていないで今日から復活して学校へ行こうと思う。
[PR]
by warabimochi57 | 2015-11-04 11:18 | Comments(0)

謹製 さつき


by warabimochi57
プロフィールを見る
画像一覧